大気を行く雲の流れもまた、この北上の川の流れと同じように留まる事無く流れ去っていくものなのだろうか?
 7月初旬の昼下がり、平泉の高館から東に流れる広大な北上川と、何処までも広がる大空を同時に見つめ、ふと物思いにふける。川の水も雲もどちらも無常を感じさせるものだ。だが、川の流れは川上から始まり川下へと流れ行くもの、始まりと終わりがあるものだ。ならば雲は何処から始まり何処へと向かっているのだろう?
「『夏草や兵共が夢の跡』か……」
 嘗て芭蕉がこの地で詠った詠を私も口ずさんでみる。遥か昔、源氏と奥州藤原氏が攻防を繰り返したこの地も、今となっては夏草がなびいているだけである。その状況も今となっては夢のようであると、時の移り変わりの無常を嘆いた詠である。
 今から1000年以上前、ここは東北の一大文化の中心地であった。それが滅び、芭蕉の時代には夏草が生えているような農村となり、現代には嘗ての文化を見世物とした一大観光地となった。
 人の営みはよく変わるものだ。土地というのは流れる事はないが、人の力によって川の流れより早く変化する。また、川の流れも人の都合により、その流れを変えさせられる事がある。
「結局変わらないのは大気を流れ行く雲だけか……」
 再び眼前に広がる大空を眺めて私は思った。人の手に触れられずいつまでも自然のままに流れ行く事が出来るのは大気の流れだけなのだと……。



第壱話「旅の最中の一期一會」


我が子よ よくお聞きなさい…


これから話す事はとても大切な事…


親から子 子から孫へと語り継がれてきた物語……


遥か遠き日の約束を伝え行く物語なのですよ……


 夢、夢を見ている……。これは何時の事だったろう? 私が十を過ぎた頃、母が私に語り聞かせた話だと思う。  その物語がいつ始まりいつから伝えられるようになったか。それは母ですら漠然としか知らなかった。いつから伝えられ始めたかも分からぬくらい昔から語り継がれた物語なのだ。  だが、母の口から語られる物語はその状景を鮮明化させ、頭の中に物語を再生させる。
 鬱蒼とした鎮守の森に囲まれた社、その前に立ち尽くす男女2人と生まれて間もない幼木。そして交わされる会話……、

「我はこれからこの地に眠る……。いつかこの力が、我の存在すらも忘れ去られるその日まで」

「はい、陛下。その時が来るまで貴方の血、貴方の想いは絶やす事無く伝え続けて行きます……。例えその時が100年後、1000年後になろうとも……」


「無念……、一等席は全部占拠されているか……。仕方ない、途中で起きてくれることを願ってここに座るか……」
「ドサッ」
「ふ〜、これでよしと……。さて、私も眠りに就くか……」
 私の隣に座った者の何かを座席の上に降ろした動作により、私の夢は中断を余儀なくされた。もっとも、電車に乗りついうたた寝をしてしまったので、寝過ごして乗り過ごすよりは良かったのかもしれないが。
 私の名は鬼柳往人きやなぎゆきと。姓の鬼柳はこの伝え行く物語を由来としていると教わったが、詳しい事は分からない。職業はなく全国を歩き渡り俗世間から離れた生活を営み続けているしがない旅人だ。
 岩手に入ったのはつい2〜3日前のことで、今日に至るまで平泉、衣川を中心に色々と歩き回っていた。平泉は嘗て西行が訪れ、その足跡を辿り芭蕉が後に訪れた。それに習い私も訪れた次第である。
 しかし、私は彼等とは目的が違う。例えば彼等とは旅で平泉を訪れたという部分では共通しているが、彼等がかの地を徒歩で訪れたのに対し、私は東北本線を使い、鈍行でかの地を訪れた。
 それは時代が違うからという意見もあろうが、特に芭蕉などは平泉そのものが目的なのではなく、白河の関の奥、みちのくに広がる様々な名所を見歩くのが目的であっただろう。
 また、その行中なども『奥の細道』で描かれている事から、要所要所に行くのが目的ではなく、その地点にまで行く情景の全てを肌で体感の全てが目的であったのだろう。ならば、例えその時代に様々な乗り物があったとしても使用せず、敢えて徒歩で行く術を選んだのではなかろうか。
 乗り物で移動するのと徒歩で移動するのとでは大きく異なる。車で移動すれば徒歩程の自由は利かないが、電車などよりは自由が利くという意見もあろう。確かに、定められた一定の道しか歩めぬ電車に比べれば自由は利く。更にそれが路線バスなどではなく自家用車などであればその自由度は更に増すだろう。
 しかし、人の都合により整備された自然の中をただひたすら車で移動するのは、情景の全てを肌で体感するとは言わない。自分の足で歩き、ぬかるみに足枷を取られながら山道の坂道を登る辛さなどをその足に染込ませて、初めて肌で全てを体感したと言える。
 また、山道が整備された現代でも真の自然情景は車を降り人の文明を拒絶した所にある。もっとも、現代人がその目的とする自然情景がある場所に行く事が旅の目的であり、その場所に到達するまでの足跡は単なる移動に過ぎないと考えているなら、それは当然の帰結と言えるかもしれないが。
 角言う私も、鈍行で移動し、その要所要所を旅の目的としているのだから、その感覚は現代人と何ら変わらない。移動する車中でうたた寝をこいているのが何よりの証拠となろう。
 それにしても、この電車は今一体何処を走っているのであろう。うたた寝をこいていたせいで、現在位置を把握出来ない。とりあえず意識が完全に戻ったならば、私の隣に先程座った者に訊ねてみることにしよう。



「失礼、今はどの辺りだね?」
「えっ? ええっと、あと少しで北上に着く所ですが……」
 意識がはっきりとし、私は隣に座っていた者に現在位置を訊ねた。その者は外見から察するに、齢は私と同年代から2〜3歳年下の青年男子である。
「そうか。となると花巻までは後2駅か……」
 現在乗っている電車は一関発の盛岡行の電車であり、その間には花巻、北上、水沢などの諸都市がある。そして私の当面の目的地は花巻駅である。
「それにしてもここが日本で良かったな。もしここが米国だったら君は間違いなくこの場で私に射殺されていた所だろう……」
「はいっ!?」
 無論、単なる脅しである。仮にここが米国であっとしても見知らぬ者を車中で射殺すれば一生の牢獄暮らしを要求されるであろう。もっとも、気に入らぬ者がいれば気付かれずにその者を暗殺するのも私には可能ではあるが……。
「ハハッ、軽い戯言だ。そんなに殺気を出さんでくれ……。しかし、こんな朝型から車中で恋人同士で戯れ会っているのは公共の妨げだな……」
 私が意識を取り戻した時、その青年は恋人と重なり合う様に私の隣で眠っていた。その様子が私には腹立たしかった。
 私は別に恋人などは欲してないが、恋人同士が公共の場で仲の良さを見せつけるような態度をとるのは、恋人がいない者への配慮を欠いた許し難き極刑に値する行為である。  もっとも、それに嫉妬心を抱くのは、実は私は心の何処かで自分ともっとも親しい関係を築ける女性を欲しているからなのかもしれないが……。
「ああ、成程……。言っておきますが私の肩に寄り添って寝ているのは、私の単なる従姉妹ですのであしからず」
「何だそれはつまら……ん……いや、疑って悪かったな……」
 従姉妹と聞かされて私は妙に納得してしまった。普通ならば恋人がいない者に対する必要のない配慮であると考える所であり、余計に腹立たしくなる所であろう。それこそ銃を持っていたならば、犬養毅を暗殺した海軍青年将校のように「問答無用」と言い、衝動的な射殺に至るであろう。
 だが、不思議にこの青年にはそういった感情を抱かない。それは一重にこの青年から少年のような純粋さを感じるからであろうか。
「疑って済まなかったな。詫びに良いものを見せて上げよう……」
 それどころか私は二度も謝罪し、無意識に手が動き出す。私は咄嗟に手をズボンのポケットに入れ、愛用の古ぼけた人形を取り出した。何故詫びるのがこの行動なのか、理解しかねない。しいて言うならば、一種の神の啓示なのだろうか……。



「……」
 私の動作を見て、青年は開眼したまま私を見つめる。無理もない、私のこの動作を見れば大概の人は唖然や驚愕の態度を表すのだから。
 私は人形を取出し、それを囲むように手をかざし、そして念を送る。その刹那、人形は命の息吹を吹き込まれたかのように動き出す。この瞬間大概の人は唖然や驚愕の態度に出るが、次の動作は十人十色である。子供はただ喚き、大人は即座にトリックを考察する。
 だが、そのような事をしても全て徒労に終わる。何故ならば、私のこの動作には何のトリックもないのだから。そしてトリックがないからこそ私が自らこの動作をしていると明示しない限り、この現象が何者によって行われているのか第三者には理解不能だ。
 だから、用いる策によってはこの方法で気付かれずに人を殺める事が出来るのである。
「こ、これは……この感じは……」
 しかし、この青年の反応は今までに前例がない反応であった。
「ん、どうかしたかね?」
 前例がないだけに私はその反応に興味を持ち、声を掛けてみた。
「えっ!? あ、ああ……、すみません、何だか意識がぼおっとして……」
「ハハッ、それにしても私の芸にそこまで魅入った男は君が初めてだな……」
 恐らく私の芸に魅入るあまり、何かの超能力番組やアニメと重ね合わせたのだろう。それにしても一応旅人芸人という身分で世をまかり通っている身としては、自分の芸に魅入られるのは悪い気はしない。
「ところで、さっきの人形、あれは何で動かしていたのですか? とても糸やピアノ線で操っていたようには見えないのですが……」
「勘が鋭いな……。君の察しの通り、これは糸とかピアノ線とか、そういった類のものは一切使用しておらん。これは法術というもので動かしているのだ」
 手品師はそう容易には持ちネタのトリックを明かさないという。それはその持ちネタにより糧を繋いでいるのだから当然の行為であろうが、この時私は不思議にこの青年に迷いなく種を明かしてしまった。
 それはこの青年との出会いが旅先での一期一会に過ぎないから、例え明かした所で私の生活には支障をきたさないと思っているからだろうか……。
「法……術……?」
「まあ、一種の超能力みたいなものだ。もっとも、昔は色々な芸当が出来たというが、今は人形を手に触れずに動かす程度の事しか出来んがな」
 科学が未発達な昔ならともかく、機械化文明が行き滞った現代においてはこのような力を使えた所であまり意味がない。せいぜい芸の種に使う位である。
「あのっ、すみませんが……」
『花巻〜花巻〜。釜石線にお乗換えの方は〜〜……』
 青年は私に何かを語りかけようとした。しかしその声は車内アナウンスによって無情にも掻き消された。
「おっ、会話をしている内に直に目的地に着くな。では青年よ機会があればまた会おう。もっとも、旅の出会いは一期一会、余程の僥倖に巡り会わん限り再び合う事もあるまい」
 私自身この不思議な親近感を持てる青年ともう少し会話を続けたかったが、電車という行動の自由を制限された空間での出会いでは、互いの意志に関係なく別れが訪れるのは致し方ないことだ。
「旅?」
「ああ。10代前半の頃から全国放浪の旅に出ている」
「10代前半!? 一体何の目的で……」
「翼を持った人を探している……」
「!!」
 そう、これが私の旅をする目的。幼き時母から語り継いだ伝承、翼を持った人とそれに関わった人間達の物語。それの真相を突きとめる為、そしてそれが真相であればその伝承に託された遥か遠き日の約束を叶える為、私は旅を続けている。
「もっとも、幼き時母親から聞いた昔話である故、信憑性は定かではないがな……」
 過去数年日本全国を旅してきたが、残念ながら真相に結び付くようなものには一向に出合えていない。殆ど目的もなく彷徨していると言って大差ない。
「……では何故貴方は探し続けているのですか?」
「普通の人はとても信じん話ではあるがな、このような力使える故に何となくだが存在する気がしてならんのだ……」
 法術が所謂超能力の類であり、その力が俗人には使えないとすれば、この力が伝承と深く結び付いている可能性は高い。今はそれが強い希望と可能性として私の心に浸透し、旅をする動機を失わせていない。
「あっ、あの!」
 私に話しかけようとする青年。彼の気持ちは私と同じだろう……。

『もっと話がしたい』

 だが、互いに同じ想いを抱いた者達の心は、無情の鉄の移動物によって遮断された。
「着いたな。不思議なものだ、君と話していると私の知っている事を色々と打ち明けたくなって来る。ここで別れるのは残念だが、それもまた旅の定めか……」
 別れ惜しいがこれも旅の定めならば致し方ない。いつかまた彼に出会える事を願って私は下車する準備に取りかかる。
「待って下さい! 貴方は旅をしているんですよね、これから何処に向かうんですか!!」
「遠野だ。旅には資金が必要だ。かの地ならば円滑に資金調達が出来そうだからな」
 旅には資金が必要ではあるが、私のような素性の知らない放浪者を雇ってくれる所などまずないだろう。あったとしても、死体処理などの普通の人間が避けて通るような仕事位であろう。
 故に私は主にこの力、法術を使い旅の軍資金を調達している。力と共に母から受継いだこの古ぼけた人形を法術で動かし、芸の種として人々に披露する。
 そしてもし私の芸を気に入ったなら子供の小遣い程度の賄い金を支払っていただく、こういう仕組みだ。古典じみた芸なので収入はあまりないが、何日か食いつなぐ事は出来る。
 そして遠野は観光地なだけに人が集まり、また、民話の里と謳われるだけに何かしらの手掛りが得られる可能性も高い。そうとなればそこに向かうのに何の躊躇いも持つ必要はない。
「遠野に行くならそこの博物館に行ってみて下さい。そこで私の妹が働いています。何か困った事があればそこに寄ってみて下さい!!」
 過ぎ去ろうとする電車から必死で私に声を掛ける青年。私は聞こえた事を確認する為、手を振りながら電車を降りた。
「妹か。上手く交渉すれば宿位は確保出来るかもしれんな」
 妹がいる。彼の妹なのだから年齢は高校生位だろう。そんな若い娘が働いているというのは信憑性が低いが、彼に限り偽りということはなかろう。
 それに、そこに彼の妹が居るのなら、その妹を訪ね彼が遠野に来る可能性も高い。ならば再び出会えるだろうか? 民話の里と呼ばれる地で……。
 再会を心に刻み、私は遠野行きの電車に乗り換えるべくその場を後にした。



「遅いな……」
 釜石線のホームに辿り着き既に30分は経過したが、未だ遠野行きの電車は来ない。田舎では1時間待ちはよくある事だから別に不思議ではない。しかし、向かう場所が遠野というどこか望郷の感に誘われる地なので、私の焦燥は拍車を掛けた。
「むっ、ようやく来たか……」
 それから暫くして電車が釜石線を上って来た。恐らくこれが降り返して遠野行きの下り列車になるのだろう。
「何だとっ!?」
 しかしその電車は乗客を降ろすと、何気ない顔で私の目の前を走り去って行った。 「もしもし、旅の方……」
「ん? それは私のことを言っているのかな?」
「ええ……」
 走り去った電車を呆然と見つめていると、不意に後から声を掛けられた。するとそこには西欧調のデザインの制服を羽織った、長く美しい黒髪を携えた少女が立っていた。
「もしかして連絡線を待っているのですか……?」
「そうだが、それが何か?」
「乗り換えの電車はあと1時間半程経過しないと来ませんよ……」
「何ぃ!?」
 その神秘的な雰囲気通りのおっとりとした口調で語る少女の声は、その声調とは裏腹に私の心に衝撃を与えた。
「やはりご存知ありませんでしたか……。車内アナウンスはお聞きになられていないのですね?」
「いや、聞いたは聞いたが、旅先で会った青年と話すのに夢中になっていてな、あまり詳しく聞いておらんのだよ……」
 もっとも、私の旅はいつも気紛れの奇襲戦法なので事前の調査などは一切せず、目標を決めてただそこに向かうだけであるから、連絡時間を知らないのは毎度の事だ。
「青……年……?」
「ああ、今思えば実に不思議な青年だった。一見凡庸な容姿ではあるが、話を続けて行くと自分の素性を色々話したくなり、ついにはもっと話を続けたいとも思うようになったのだ」
 何故だろう。何故私はこの少女にこれ程までに自分の体験を語りかけるのだろう? それはあの青年に不思議な親近感を抱いたように、この少女にも似たような感覚、敢えて形容するならば母親ともいうべき親近感を抱くからであろうか……?
「成程……。ところでお聞きしますが……、その青年は脇に女性を抱えていましたか?」
「ああ。最初は恋人同士で公共の場で見せつけるように互いに眠りあっていたものだから、粛正してやろうと思った。だがその女性は従姉妹とその青年が語り、何故か私もそれを否定せず青年の言分を認めた」
「そうでしたか……やはり……。それよりも連絡時間を知らないという事は、これもご存知ないでしょうね……」
「何だと? まだ何かあるというのかね?」
「次の電車は急行列車ですから……。急行料金を取られますよ……」
「……」
 その言葉は癒されていた私の心に再び衝撃を与え、私は沈黙以外の行動を取れなかった。
「ちなみに普通列車はもう1時間しないと来ません……」
 ここで出費を重ねるのは痛いが、時間は金では買えぬので、ここは背に腹を代えて急行で行くのが上策だろう。
「適格な情報恩に着る。しかし君はどうして私が旅人だと分かったり、私と話していた青年が女性を抱えている事が分かったのかね?」
「それは俗にいうニュータイプ能力というものです……」
「何っ?」
 私は暫し動転した。ニュータイプ能力と言われてもそれが何を指しているのか理解出来ず、ましてや俗語化しているとは露にも知らない事だった。
「もしくはセンブセンシス……、小宇宙コスモというものです……。貴方は小宇宙を感じた事がありますか?」
 セブンセンシス、語彙からいって第7感というものだろうか? 小宇宙……。そういえば昔立ち読みした漫画にそんな台詞があった気がする。
「そういえばまだお聞きしていませんでしたが……、これからどちらにお向いですか?」
「何だ、そこまでは理解しておらんかったか、ニュータイプ能力やらセンブンセンシスとやらも万能ではないようだな。当面の目的は遠野だ、民話の里を謳われているだけあって一度は訪れてみたいと思っておったのでな」
「遠野……。あまり期待しない方が良いですよ……」
「何っ?」
「『行川の流れは絶えずして、しかも元の水に非ず。淀みに浮かぶ泡沫うたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく止まる事なし。世の中にある人と、住家と、又斯くの如し……』」
「『方丈記』の序文か」
「ええ……、よくご存知で……」
「伊達に年は取っておらんよ」
 最近の若者は活字離れが激しいとよく言われる。私は他の同世代と同じには見られたくないので、一応著明な古典の冒程度は頭に入れるように常々心掛けている。
「それでつまりは何を言いたいのだね?」
 この序文は一般的に無常感を表すのに引用されるが、世の中が無常である事は今更言われるまでもない。
「言葉の通りです……。後は実際に行けば分かります……。もっとも、無常の流れの中にも永遠とわに変わらないものがあると、私は思います……」
「ん! それは一体……」
「あっ……もうこんな時間……。申し訳ありませんが乗り換えの電車の時間ですのでここでお別れです……。私は遠野在住ですから、もし縁があればまた会う事もあるでしょう……」
 最後にそう言い残すと、少女は向側ホームに続く階段の方にゆっくりと歩いて行った。
「無常の流れの中にも永遠に変わらぬものか……」
 少女が残した言葉を考えながら連絡線が来るまでの残りの時間を費やした。無常の流れの中にも永久に変わらぬもの、少女の言葉は私の思う大気の流れを指しているのだろうか、それとも……。

…第壱話完

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